目に見えない資産の保護:インドの企業秘密に関する法律

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目に見えない資産の保護:インドの企業秘密に関する法律

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Netaji Subhash Chandra Bose at the India Gate in New Delhi

Remfry & Sagar特許事務所のMohini V氏は、企業が増大するデジタル脅威や国境を越えた秘密保持上の課題に直面する中、インドの裁判所と政策立案者が、判例法、公 平 の 原 則 、そして 提 案 中 の 立 法 を 通じて企業秘密の保護をどのように形成しているかについて概説しています。

保護の枠組み

このデジタル時代において経済が知識主導型産業に向かって着実にシフトしていく中で、無形資産、とりわけ情報を保護することの重要性が高まっています。有形資産が特定され、公的に認知され、登録されるのとは異なり、数式、アルゴリズム、化学プロセス、秘密のレシピ、製造設計図、臨床試験データ、事業戦略、コストと価格のモデル、資本投資計画、在庫マーケティング戦略、顧客データベースといった知識がベースとなる無形資産は、秘密を保持することによりその価値が発揮されるのです。とても有名な例として挙げられるのはコカコーラの秘密のレシピですが、これは極めて価値が高く、機密保持のための徹底した取り組みによって厳重に保護されています。

2025年、インドは世界において第4位の経済規模となり、実質GDP(国内総生産)の成長率6.5%を誇る世界最速の成長を遂げる主要経済国です。国家として「メイクインインディア」「デジタルインディア」Iといった施策を推し進める中、専有のノウハウを保護する能力は、イノベーションと長期的な競争力を生み出す鍵となってきました。インドには企業秘密についての成文化された法律は存在しませんが、同国の裁判所は衡平法、契約、秘密保持義務違反の原則に根ざしたコモンロー上の枠組みを段階的に構築し、専有情報を保護してきました。 その中心的な基盤となっているのは個別契約です。雇用主や企業は、秘密保持契約、雇用契約における秘密保持条項、雇用終了後の機密情報の不正使用を防ぐ制限条項に準拠しています。これを補完する形で、インドの裁判所は衡平法上の信義則の義務を明示しており、明示的な契約がない場合であっても、信頼と信用が求められる状況下で情報が共有される場合には守秘義務が生じることを認めています。

Zee Telefilms Ltd.対Sundial Communications訴訟[(2003) Vol. 105 (3) Bom. LR 678]で、ボンベイ高等裁判所は、秘密保持義務は当初の情報受領者のみならず、そのような情報を承知の上で受け取る第三者にも及ぶことを明らかにすることで、より広範な不正使用に対する保護を拡大しました。同判決では、元のアイデアやコンセプトが機密として被告に開示され、そのうえで被告がそれを自らの商業的利益のために開発に利用した場合に、法による保護が強化されることとなりました。

企業秘密とは何を指すのか?

特定の情報が企業秘密に当たるかどうかは、それぞれの事案における事実関係により異なります。ですが、保護の対象となるには以下の3つの要素が重要となります。

  • 当該情報が機密であり、公開されていないこと 

  • 当該情報がその機密性ゆえに商業的価値を有すること 

  • 当該情報が保有者によって積極的に保護されていること 

裁判所はまた、「多くの人の知るところとなっており、他者にも広く知られている雇用主の日常的な定型的業務は、企業秘密とはいえない」としています。

Niranjan Shankar Golikari対Century Spinning & Mfg. Co. Ltd.訴訟[1967 SCR (2) 378]において、インド最高裁判所は雇用終了後の秘密保持義務の法的強制力を支持し、それが企業秘密を保護することを目的とし、職業上の自由を不当に制限しない範囲で有効であることを明らかにしました。その後に行われた判例では、保護の対象となり得る情報の範囲がさらに拡大されました。Bombay Dyeing and Manufacturing Co. Ltd.対Mehar Karan Singh訴訟[2010 (112) Bom. LR 375]では、原告が1000万インドルピー(約11万米ドル)でソフトウェアを購入し、カスタマイズしたソフトウェアのマニュアルを被告を含めた数名の従業員と共有しました。被告が当該ソフトウェアを原告の競合企業へ転送した行為は、企業秘密の窃盗に当たるとみなされました。本件においてボンベイ高等裁判所は、情報が企業秘密に該当するかを判断する上での関連要素として、以下のようにまとめました。

  • 当該情報が社外の人間にどの程度知られているか 

  • 当該情報が社内の人間、すなわち従業員にどの程度知られているか 

  • 企業秘密を保持している人間が秘密を守るために行っている予防措置 

  • 競合他社に対して当該情報を保有することで情報の保有者にもたらされるコスト削減と価値 

  • 当該情報を入手し、開発するために投入された労力または資金の量 

  • 他の人間が当該情報を入手および複製するのに要する時間と費用の量 

さらに、本件において原告と被告との間で交わされた契約において秘密保持に関する条項が具体的に定められていなかった点に関しては、被告の行為が不誠実であったため、それは問題にならないと判断されました。

企業秘密を保護することにより、さまざまな独自の利点がもたらされます。技術革新のサイクルが速く、技術が急激に進歩する業界において、企業は企業秘密を柔軟な保護手段として活用しています。著作権、特許、 意匠保護といった他の知的財産権と比較した場合、企業秘密における最大の強みの一つとして、企業秘密には期限切れというものが存在しないという点が挙げられます。企業秘密を保護するためには、主に秘密保持契約や強固なデータセキュリティシステムといった社内におけるコンプライアンス体制が重要となります。

求められる立証義務の高さ

インドにおける企業秘密に関する訴訟では、重要な要素を明確かつ簡潔に説明した訴答が必要となります。原告は、保護すべき情報やデータを特定し、それが機密であることを説明し、所有権を主張し、不正使用があったことの証拠を立証し、結果として生じた損害や被害を明確にしなければなりません。一応有利な事件とするためには、原告は確固とした立証義務が求められます。Ambiance India Pvt. Ltd.対Shri Naveen Jain訴訟[122 (2005) DLT 421]において、デリー高等裁判所は、訴状において企業秘密として保護するために必要な情報が明確に記載されていなかったことから、原告の差止命令を却下しました。しかしながら、どの程度情報を開示するのかというジレンマは現実的な問題となっています。なぜなら、訴状において企業秘密や機密情報を非常に詳細なレベルで開示する場合、訴訟を行うことそれ自体によって機密性および機密保護が損なわれてしまうため、結果として当該企業秘密の保護という本来の目的に対して逆効果となる可能性があるからです。

とは言え、この問題について裁判所は、企業において職務を果たしている従業員は様々な情報に接することはあるものの、その情報すべてが企業秘密に該当するわけではないことを明らかにしました。たとえば、業務中の従業員がビジネスに必要な知識を身に着けたり、顧客やクライアントに対する接し方を学んだりする場合、それらは企業秘密とはみなされない可能性があります。また向こう2年間、従業員が雇用主の過去、現在、将来における顧客との間に雇用関係を結ぶことを禁止する雇用契約は、従業員に不当な圧力をかけるものであり、そのような契約は公序良俗に反し無効なものです。

企業秘密を不正に使用することは、機密情報を許可なく取得、使用、開示するものとして広く認知されています。注目すべきこととして、インドの裁判所では、元従業員が退職後に所属していた企業の専有情報を不正に使用するという前提で物事を考えることはないという点が挙げられます。デリー高等裁判所は、最近下された2件の判決において、この見解を明確に示しました。

顧客データベース内に保存された企業秘密および芸術作品に関する著作権に焦点が当てられた重要な訴訟となったArjan Dugal & Anr.対Shubham Gandhi & Anr.訴訟(2025)において、裁判所は、被告が原告の作品の権利を侵害したとの申し立てが行われた衣料品の製造、販売、マーケティングを行うことを禁止する一方的仮差止命令の判決を下しました。原告は、元従業員が競合ブランドを立ち上げるために、原告が専有しているデザイン技術、機密の方法論、約6,000に及ぶ顧客のデータベースを不正に使用したと主張しました。裁判所は、顧客データベースが企業秘密としての高い機密性を有することを認め、当該データベースを封印した状態で提出することを許可し、併せてその不正使用を禁じました。加えて、侵害された物品、ルックブック、生地、梱包資材、デジタル記録を検査および押収するために地域検査官を任命しました。

Varun Tyagi対Daffodil Software Private Limited (2025)訴訟では、デリー高等裁判所は退職後に課せられる制限の妥当性について検討しました。裁判所は、専有権限の保護と従業員の労働における基本的権利のバランスを取ることの重要性を強調し、競業避止条項が合理的でない場合には法的強制力持たない判断しました。また、従業員が以前の雇用主のもとで働くか、あるいは無職状態に甘んじるかの二者択一を迫られる状況は許容されないと結論づけました。雇用契約においては、制限条項や消極的条項に関して厳格な判断を行う必要があります。なぜなら、雇用主は従業員に対して優位な立場にあり、従業員は標準型契約書に署名するか、さもなければ雇用されないという状況に置かれることが非常に多くあるからです。

その一方で2025年10月、テランガーナ高等裁判所の控訴審は、Venkateshwarlu Guduru対Siddhardha De Bathula訴訟(COMCA No. 17 of 2025)において、範囲が広すぎて証拠として立証できないとし、 商事裁判所による差し止め命令を却下しました。オイルシール製造に従事する原告らは、元関係者が顧客リスト、発注書、マニュアルを不正使用したと主張したものの、具体的な企業秘密を明示することも、それらを保護するために取られた措置を示すこともできませんでした。裁判所は、一人の裁判官によって下された包括的制限が、検査官による文書目録のみに基づいたものであるため、具体性を欠き、被告が取引を行う権利を不当に制限するものであるという判決を下しました。

企業秘密に関わる訴訟で認められる可能性のある救済方法として、裁判所は差し止めによる救済(暫定判決および最終判決の両方)、補償的損害賠償(実際にもたらされた損害を含む)のほか、特に悪質な行為の場合における懲罰的または懲戒的損害賠償、企業秘密を不正使用することで不当に得た利益の返還、不正に流用された機密情報の返還、廃棄、押収を指示する命令、さらなる不正使用の防止および証拠収集のための迅速な行動を可能にするために証拠差押えを行う地方検査官の任命などを行うことができます。

インドには企業秘密に関する問題を専門的に扱う裁判所が存在しないため、この種の案件は、2015年商事裁判所法に基づき設立された商事裁判所が通常担当しています。訴訟中における機密情報を保護するため、裁判所は封印された書類、保護対象となる資料へのアクセスを制限する機密保持クラブ、一般に公開されるのを防ぐインカメラ審理といった手続き上の方法を用いることが多くあります。

また、インドには企業秘密の窃取に特化した刑事罰規定は存在しませんが、検察官および告訴人は、窃盗、不正流用、背任、詐欺などに対しては一般刑法に基づいて、盗難されたコンピュータデータの受信、コンピュータリソースを利用したなりすまし詐欺、機密性またはプライバシーの侵害などに対しては情報技術法に基づいて起訴を進めるのが通例となっています。ソフトウェアや創造性のあるコードが関わる場合、著作権法の規定が援用されることもあります。民事訴訟と刑事訴訟は並行して実施することが可能であるため、裁判所は民事訴訟において迅速な仮差止命令や保全命令を発しつつ、刑事訴訟も同時に進行することができます。

企業秘密とブランドエクイティ

2025年5月にパリ控訴裁判所が下した、スイスの時計メーカーであるRolex S.Aに関する独占禁止法訴訟についての判決は、企業秘密が小売業界において競争上の優位性およびブランドエクイティを維持するうえでいかに重要な要素となるかについて示す注目すべき事例です。本件で、裁判所は2018年以降におけるRolex社の生産、販売、在庫データが機密性を有していることを認め、当該情報をブランドの戦略的市場ポジショニングを支えるうえで重要な営業秘密であると承認しました。しかし、裁判所は欧州の判例において重要性を増している「5年推定」を適用し、5年以上前のデータに対して無期限の秘密保持期間が適用されるというRolex社の主張を退けました。この原則においては、原告が当該情報が商業上の機密性を継続的に有していると立証しない限り、5年以上経ったビジネスに関する情報は機密性を喪失したとみなされます。

サイバー攻撃に対して対策を行うことも関連しています。高級ブランド業界に関する別の事例では、Cartierにおいて2025年6月に発生した侵入工作により、複数の管轄区域に跨る顧客の氏名および連絡先情報が漏洩しました。攻撃者の手段は日々進化しており、盗まれた顧客データは正規企業になりすまして被害者を騙し、さらに機密情報を引き出すために利用される場合があり、またサイバー犯罪者が長期戦になることを厭わないケースが多くあります。

データによると、2024年にサイバー攻撃の対象となった国の中でインドの被害件数は第2位でした。このような脅威に直面する中で、効果的な対応を取ることはブランドの評判を維持するために必要不可欠となります。これには、多面的なアプローチが求められます。企業は、機密データの分類、秘密保持契約の厳格な履行、ゼロトラストネットワークアーキテクチャ、保存時および送信時双方における強固な暗号化などを含む徹底した内部統制措置を講じる必要があります。ヒューマンエラーは最も悪用されやすい脆弱性であるため、従業員に対して継続的にトレーニングを実施することが不可欠です。これに加え、綿密に練られたインシデント対応計画およびサイバーレジリエンスに関する訓練を行うことで、情報漏洩の検知、封じ込め、修復を迅速に行うことが可能となり、財務的損失およびブランドが被る被害を最小限に留めます。このような認識が高まるにつれて、AIを活用したサイバーセキュリティソリューションへの投資が増加し、当該セクター特有の脆弱性に対応した専門知識を導入する機会が増えています。

今後の展望

インドの企業秘密に関する制度は、判例法および手続の手順を通じて成熟しつつありますが、重大な欠陥が依然として存在しています。中でも深刻なのは、企業秘密に特化した法律が存在しないことであり、結果として判決は裁判官の裁量に依存することとなり、損害賠償額にバラつきが生じ、デジタル化されたグローバル経済における国境を越えた不正流用問題への対応が困難となっています。

2024年3月5日、第22回インド法委員会は「企業秘密および経済的スパイ行為』と題した報告書(および草案「2024年企業秘密保護法案」)を発表し、企業秘密の開示に関する申し立てを裁決することを目的とした独自の法的枠組を提案しました。論者らは、この種の法律が制定されることにより、企業に対して機密情報の保護に関する明確な基準がもたらされ、産業界における信頼の高まりとインドへの技術移転を実現し、企業秘密に関して明確な法制度が存在しないことがしばしば問題となっている自由貿易協定に関する交渉を円滑化する可能性があると述べています。こうした法案はまだ検討段階にあり、制定には至っていませんが、強固な内部統制および証拠の確保に対応した秘密保持対策と連動することによって、今後インド企業が行う革新、協力、競争のあり方が決まってくるでしょう。

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