日本企業は長年、テクノロジー、イノベーション、ブランド開発において世界をリードしてきました。新たな地域へビジネスを拡大していくには、知的財産(IP)の保護や紛争の効果的な解決が不可欠になります。欧州の市場は多種多様で、洗練された消費者が多く、法制度が変化します。その欧州が、日本企業の重要なターゲットとして注目されています。自動車、電子機器、ファッション、製薬、デジタルプラットフォームなど、日本企業では、EUで自社のIPを保護したりIP権を施行したりしようとする動きが高まっています。
しかし、欧州のIP環境は複雑です。EU全体の権利が国の体制と調和する一方で、紛争解決が裁判だけでなく、調停や仲裁などの他の方法でも行われるなど、複雑さが混合しています。日本の社内弁護士にとって、こうした二重(法と文化)の複雑性さは課題であると同時にチャンスでもあります。
本記事では、日本企業が欧州でIPを運用したり裁判外紛争解決手続(ADR)に対応したりする際の実用的な考慮事項を詳しく解説します。IP Workでの体験談(ギリシャを拠点とする投資顧問会社での慣習)を交えながら、国際的な対応に重きを置いて、日本の利害関係者が最も重視すべ体制、戦略、トレンドに注目していきます。
EUのIP環境
EUでは、超国家的なIP権や国家的保護の運用が独特な方法で行われています。日本企業にとっては、この二面性を理解することが重要になります。
EUは人口ベースで世界最大の単一市場経済圏であり、4億5,000万人の巨大な消費者基盤(米国よりも1億1,000万人多い)を有しています。域内全域での移動の自由、法規制の標準化、そして成長とイノベーションの原動力として機能しています。さらに、EUには2,600万社の企業が存在し、GDPは18兆ユーロに上ります。安定した開放市場への投資先として、また成長の可能性を秘めた市場として、B2CおよびB2B双方のレベルで日本企業にとってEUは安全かつ有益な選択肢です。
商標と意匠
EUIPOでは、EU商標および意匠を登録し、単一の出願で27の加盟国すべてにおいて保護を提供します。この制度は、EU内の複数の現地市場で製品やフランチャイズを展開する際に魅力的であり、各国の商標制度と共存しています。特に、特定のケース(例えば、現地のブランドバリエーションを保護したり、競合他社の出願を阻止したりする場合)では、現地の制度を戦略的に優先することが望ましい場合があります。
EUIPOの枠組みにおけるEU商標に関する判決は、加盟27か国すべての国内商標裁判所で決定的な効力を有する点が特筆されます。したがって、以下の動向(2024~2025年)を含む進展を注視することが重要であり、各項目について弁護士のポイントを付記いたします。
倫理性/中傷性のある商標(「コビディオット」、EUIPO 拡大審判部(GBoA)、事例R-260/2021-G、2024年5月)– EU商標規則第7条(1)(f)(倫理性/公序)に基づきGBoAは却下を支持しました。判決は、Fack Ju Göhte以降の商標手続における表現の自由の評価基準を明確化し、広範な議論が存在しても、当該公共の相当部分に対する不快感(オフェンス)が解消されないとしています。弁護士のポイント:デリケートな公共イベントに関連する造語は監視が強化されると考えられます。
判決の転換と終局(EUIPO GBoAの所感、事例R-497/2024-G、October 2024年10月)– この所感により、EUIPOの判決は控訴期間が過ぎるまで確定しないことが明確化され、転換のタイミングやEU商標から国内出願に移行する際の戦略にも影響が及ぶことになります。弁護士のポイント:訴訟事件一覧表の記載や転換プレイブックを更新する必要がある可能性があります。
顔の商標化(第二審判部による付託後のEUIPO GBoAによる暫定判決、事例R-50/2024-2、2024年10月)– 人の顔を用いた描写の登録可能性に関する現行の付託により、人格権、独自性、公益に関する新たな指針が議論されています。弁護士のポイント:顔の商標に関する新たな基準を確認します(人格権を伴う同意、範囲、対立)。
都市のシンボルと不誠実(ヴェローナの象徴的な標章、EUIPO審判部、事例R-2061/2023-2、2024年12月)–不誠実な行為に対して、有名都市のシンボルの登録が無効化されました。都市の標章を独占して善意にタダ乗りすることはできません。弁護士のポイント:登録優先権がなくても、公共の標章や遺産標識の無効化がより迅速に進むことが予想されます。
不誠実の傾向線(「La Irlandesa」「Sandokan」、EUIPO審判部、各々で事例R-1499/2016-GおよびT-47/24)– EUIPO の概要(La Irlandesa、Sandokanなど)では、個人的な動機に対する客観情勢が強調されています(事前取引、妨害目的)。弁護士のポイント:同時存在の記録(メール、命令、販売店契約など)を収集して、不誠実を立証または弁護します。
特許
商標とは異なり、特許は従来よりばらばらな状態が続いています。一般的には各国またはEPO(指定されている複数国向けの出願)で申請が必要になります。先日の単一効特許および統一特許裁判所(UPC)の発表は、欧州の特許環境が変わる転換点となります。UPCの判例法は進化しています。製薬、バイオテクノロジー、ハイテク産業に携わる日本企業は、これを注視する必要があります。国際的な特許権の施行および撤回の前例が生まれることになるからです。
現在、7年の移行期間になりますが、一部の事例においては、オプトイン/オプトアウトのタイムリミットが始まるまで管轄権が国内の裁判所と共有されています。その一方で、UPCではすでに興味深い判例法がいくつか生まれています。これらの判例は、商標とは異なり期限が常に確認できる特許のような特有のIP権に関しては、一元化された特化型の特許裁判所の重要性が浮き彫りになっています。
以下は、UPC特許の判例法(2024~2025年)のハイライトです。弁護士のポイントと併せて以下に紹介します。
10x Genomics対NanoString (UPC控訴裁判所(CoA)、2024年2月)– 最初の主要CoAで仮差し止め命令(PI)の判決が下される可能性があります。ミュンヘン地方裁判所の命令が覆りました。これは、申請において、妥当性や違反を「十分に確信できるレベル」で示す必要があるとされました。この判決は、クレーム解釈の重要性に関する欧州特許条約第69条を強調するものです。弁護士のポイント:PIの段階で堅牢な妥当性の証拠を示すこと。専門家証言のみでは明確なクレーム解析の代用とするには不十分です。
Ortovox対Mammut(UPC CoA、2024年9月)– CoAはデュッセルドルフ地方裁判所の一方的PIを認め、事例において緊急性および一応の証明が十分に認められる場合は(保護レターの慣習に関係なく)、迅速な差し止め救済を支持することを示唆しました。弁護士のポイント:保護レターはは実質的かつ適時に提出しなければ、一方的措置を回避できません。
統一特許裁判所の訴訟規則に関する答弁書(Rule 262.1(b))へのパブリックアクセス( Stadapharm GMBH対Accord Healthcare S.L.U.、Accord Healthcare Limited、Novartis AG、Accord Healthcare B.V. 、2025年4月)– CoAがサードパーティーアクセスの基準を設定しました。要求の目的は要求者の個人情報よりも重要であり、透明性と機密性のバランスが図られます。弁護士のポイント:早期に改訂版を計画し、対象となるアクセス要求の成功が期待されます。
訴訟手続きの言語に関する命令(UPC CoA命令、Apple Inc.他対Ona Patents SL、2024年8月)– 裁判所は、特にSMEの不公平を回避するために、特許言語の切り替えを望む傾向にあります(多くは英語)。弁護士のポイント:被告側は、統一特許裁判所協定第49条(5)および統一特許裁判所の訴訟規則第323条に基づき、積極的に言語変更を要求する必要があります。
Edwards Lifesciences対Meril(UPC地方裁判所およびCoA、2024~2025年)– 差し止め命令が認められたことにより特許権者が次々と勝訴し、CoAが執行停止効果やサードパーティー/公衆衛生の利益に取り組んでいます。弁護士のポイント:公益抗弁の立証は困難です。調停は裁判所が執行できるものであり、差し止め命令と同等の効力を有します。
クレーム解釈は裁判所の役目(UPC CoA、Insulet Corporation対EOFlow Co., Ltd.、2025年4月)– UPCは、裁判上のクレーム解釈は独立的なものであることを強調しています。専門家は補佐しますが、範囲を制限しません。弁護士のポイント:本質的証拠の訴訟事件摘要書を中心として、専門家のレポートは関係者のサポートとして扱います。
著作権と関連の権利
EUの著作権の管理には命令を必要とし、これにより統一の基準が確保されます。これは、欧州でデジタルコンテンツを配信するメディア、ゲーム、テクノロジー系の日本企業に関係します。デジタル単一市場における著作権に関する指令などにより、日本のデジタルプラットフォームが取り組むべく領域において著作権侵害に関するプラットフォームの法的責任が再構築されます。
営業秘密とノウハウ
EU営業秘密指令が国内法令に導入されたことにより、企業秘密情報に対する統一的な保護が実現します。欧州で合弁事業、R&D連携、テクノロジーライセンスに参入する日本企業にとって、営業秘密法によりノウハウが保護されることは、正規のIP登録と同様に重要です。
フランチャイズと関連のIP権
食品や小売りなど、さまざまな日本の消費者ブランドがフランチャイズ方式で欧州に拡大しています。このやり方は、商標、ノウハウ、広告権、契約の保護に依存します。不正な競争や広告に関するEUおよび国内規定を把握することは、ブランド評価を維持するうえで不可欠となります。
新たなテクノロジーとAI
EUは、AI規制の最先端にいます。2024年にAI法が採択されたことにより、危険性の高いAIシステムの開発者やデプロイヤーは責任を課せられることになります。欧州でAIソリューションを提供するテクノロジー系の日本企業は、コンプライアンス要件を整え、AIによる作業がIPに関する既存の枠組みに対応できるか考慮する必要があります。
IP紛争でのADR
欧州での訴訟は、時間や費用がかかり、管轄権がばらばらです。効率性と予測可能性を重視する日本企業にとって、ADRの体制は大きなアドバンテージとなります。
仲裁
仲裁により、当事者は中立的な裁判地、専門の仲裁者、非公開手続きを選択できるようになります。国際的なIP仲裁手続きの管理に関しては、ADR運営組織がいくつかあります。ライセンス、R&D連携、フランチャイズに関する紛争に関しては、柔軟性や法的強制力を有するニューヨーク条約の仲裁条項が有効です。
調停
調停は欧州の裁判所や国際機関により積極的に推奨される傾向にあります。調停により、当事者はビジネス関係を維持しながら紛争を建設的に解決することができるからです。長期的な連携を重視する傾向にある日本企業としては、調停は特に適していると言えるでしょう。商標やドメイン名の紛争に関しては、EUIPOやWIPOの国際機関で調停が積極的に推奨されています。
ドメイン名の紛争
サイバースクワッティングは、国際展開を図る日本ブランドにとって依然として懸念事項です。統一ドメイン名紛争処理方針(UDRP)や同様のADR体制により、不正登録に対して迅速かつ低コストな解決策が実現します。UDRPや欧州のドメイン名拡張子(「.eu」のような、国別の国コードとなるトップレベルドメイン)に精通した経験豊富な弁護士を雇うことが重要です。
ADRのメリット
日本企業にとって、ADRは、複合的な裁判制度への対応における不確実性を最小化し、コストを抑え、中立性を確保するものとなります。また、機密性も保証され、営業秘密やデリケートな交渉にも不可欠となります。
ゲートウェイとなるギリシャ
日本とギリシャは地理的な距離がありますが、ギリシャは、欧州の法律やビジネス環境への戦略的な橋渡し的存在となります。
地理的および法的な位置付け
欧州、アジア、中東の中心に位置するギリシャは、EUおよびユーロ加盟国で、EUのIP法制や統一規定に準じています。こうしたことから、広範な欧州市場に参入する日本企業にとって、ギリシャは頼もしい存在となります。
国際性の専門知識
IP Work のような投資顧問会社は、複数管轄区域にまたがる問題への対応に慣れています。たとえば、EU商標出願の調整、複数国での権利行使、国際的要素を伴うADRや訴訟におけるクライアント代理などが挙げられます。
新しい領域:AI、デジタル、国際的なIP
テクノロジーとIP法の共通部分は、日本のイノベーターに特に関係します。
AIとIP
欧州では、AI生成作品、発明者資格、責任の所在に関する法的議論が先駆的に進められています。AIソリューションを欧州に展開する日本企業は、AI法に基づく規制義務や、AIで作成されたアセットのIP保護に関する不確実性に備える必要があります。
データ保護とプライバシー
EU一般データ保護規則(GDPR)は常にグローバルなデータ保護のベンチマークとなります。デジタルヘルス、フィンテック、Eコマースの領域など、欧州で個人データを収集および処理する日本企業は、罰則や罰金を回避するためGDPRへの準拠が求められます。
デジタルに対する施行
欧州のオンライン市場は、偽装や不正競争に対して監視を強化している状況です。日本の高級品およびテクノロジーブランドは、ノーティスアンドテイクダウンシステム、関税執行、専門訴訟を利用して、ブランドの品位を保護する必要があります。
フランチャイズおよび広告のトレンド
EU消費者法、不公正商慣習指令、広告規定は、日本のフランチャイズが欧州に市場進出するうえで大きく関わります。ブランドメッセージとEU規定の調和が、コンプライアンスや消費者の信用を確保することになります。
日本企業への実用的な推奨事項
EUでIP権を保護および施行しようとする日本企業は、以下のやり方を取り入れる必要があります。
早期に広範囲で登録 – 最初のうちにEU商標および意匠権を確保します。主要な市場では、追加的な国内出願もご検討ください。競合他社の出願状況を監視して対立を回避します。
ADR条項を統合 – 国際的なIP、ライセンス、フランチャイズ契約にはすべて、仲裁や調停の条項を含めます。中立的な裁判地や、国際的な信頼性および認識を有する機関を選択します。
営業秘密を積極的に保護 – 機密保持契約、技術的保護、契約条項を利用して、連携や合弁事業における営業秘密保護を強化します。
デジタル・AI規制への備え – EUでのAI、デジタル市場、データ保護の発展に遅れを取らないようにします。日本のイノベーターは、早期のうちにコンプライアンス戦略を採り入れ、規制摩擦を回避する必要があります。
適切な顧問の選定 – 個々に応じた実用的な指針を提供してもらうには、国際的な経験を有する投資顧問会社と連携します。大企業は大規模な対応が可能かもしれません。しかし、特化型の投資顧問会社では効率性、柔軟性、上層部の直接的な関与が実現することも少なくありません。
文化的意識 – 欧州の紛争解決は、日本のやり方と大きく異なることを認識します。文化や手続きのギャップを埋めるには、地域の専門知識が必要です。
重要なポイント
欧州のIPおよびADR環境は、難題にも最大のチャンスにもなります。日本企業にとって、EU全体の権利、国内体制、ADRの仕組みが相互に関係している状況を理解することは、イノベーション保護や紛争解決を効果的に行ううえでキーとなります。
ギリシャは、戦略的な立地と国際的な知識を活かして、この複雑な環境への重要な入口を提供してくれます。IP Workなどの投資顧問会社は、最も複雑かつ国際的な問題でも、クライアント重視、結果重視のアプローチが実用的な解決策をもたらすことを実証しています。
法規制の変化を予測し、IPアセットを保護し、ADRを利用することで、日本企業は自信を持って欧州に進出できるようになります。潜在的な問題を成長やイノベーションへの道筋に転換させましょう。